【ハッセルブラッドの魅力】Hasselblad X2D 100C + XCD 2.5/90V レビュー|日常に「中判カメラ」の選択を
- Yamaki Takurou

- 5 日前
- 読了時間: 3分

写真を続けていると、ある時ふと気になり始める存在がある。
フルサイズの、その先にある世界——
それが中判カメラだ。
その中でも、ハッセルブラッドという名前には特別な響きがある。スウェーデン発のカメラメーカー。かつて人類が月に降り立ったとき、その光景を記録したのがハッセルブラッドだった、という逸話はよく知られている。単なる価格やスペックでは語りきれない、背景や物語を持ったブランドだ。
そんな憧れに近い存在だった中判カメラを、今回初めて使ってみることにした。選んだのはHasselblad X2D 100Cと、XCD 2.5/90V。

自然な色再現


まず強く印象に残ったのは、自然な色再現。鮮やかさで主張するタイプではないのに、写真を見返すと「その場の記憶に一番近い」と感じるカットが多い。
特に印象的だったのは、朝夕の光や室内の混在光。グラデーションが破綻せず、ハイライトからシャドウまでがなだらかにつながっていく。ホワイトバランスが難しい場面でも、後処理で触らずに済むカットが多く、結果として“撮ること”に集中できた。
ハッセルブラットでよく言われる「色が正確」「ニュートラル」という評価は、実際に使ってみると決して無機質という意味ではないと分かる。むしろ、被写体そのものの存在感を邪魔しない、穏やかな色調だ。

解像力と奥行き感


一億画素という数字は、どうしても解像感の話題に直結する。ただ、実際に感じたのは「細部が見える」こと以上に、画面全体に奥行きがあるという感覚だった。
風景を撮ると、手前から遠くの景色までの距離が無理なくつながり、どこか一部分が強調されるのではなく、空間全体がそのまま写り込んでくるように感じられる。
被写体にぐっと寄った場面でも、その印象は変わらない。
細部を見せつけるような描写ではないのに、写真としての密度は確かに高い。
その積み重ねが画面の中の立体感につながり、目で見たときの感覚に近い一枚になることが多かった。
このあたりも、「中判=解像力」では終わらない、ハッセルブラッドらしい画作りを象徴するポイントのひとつだ。

日常に溶け込む中判


中判というと、三脚前提でじっくり構えて撮るもの。そんなイメージが、どうしても先に立つ。ただX2D 100Cは、手ぶれ補正のおかげもあって、旅先や足場の悪い場所でも現実的に使うことができた。
その気軽さがあるからこそ、撮れる写真の幅は自然と広がっていく。
身構えずにシャッターを切れることが、結果として中判らしい描写にもつながっているように感じられた。そして、そうした描写をより強く形づくっていたのが、今回組み合わせたXCD 2.5/90Vの存在だ。
補正を行わない状態では周辺減光が残るが、設計段階から意図されていたかのような滑らかさで、写真の雰囲気を引き上げてくれる。
現像で簡単に整えることもできるが、そのままの描写にこそ心地よさがあると感じる場面も多かった。

何を撮っても、新鮮。

風景、人物、室内、料理。
被写体を選ばず、どれも新鮮に感じられた。
これまでにも、さまざまなカメラを使ってきた。性能に驚いたこともあれば、便利さに感心したこともある。けれど今回のように、写真を見返す時間そのものが楽しいと感じられたのは、久しぶりだった。
X2D 100Cで撮った写真には、派手さよりも確かな説得力がある。色や階調、空気感が無理なく整い、撮った瞬間の空気がそのまま残っているように思えた。
最新でも、万能でもない。
それでも、このカメラでしか得られない体験が確かにあった。中判カメラという存在が遠いものではなくなった今、この一台を選んでよかったと、素直に感じている。




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